last updated 1997/07/02
第48話(全130話)
あれは何? これは何?(4/5)
ピートはマリカへと目を走らせた。そして意外なマリカの表情を見た。マリカは動揺しても
いなかったし、慌ててるふうにも見えない。ひどく冷静な、落ち着いた目をしていた。まるで
審判の目だ。ピートは咄嗟にそう感じた。激しく互いの全力を出してぶつかり合う選手を高み
から冷静に見下ろしている審判。そんな目だった。
「どうしたの? 何してるの、助けてあげないつもりなの?」
悲鳴のような声でピートが問い質す。
マリカは落ち着いた声で応えた。
「どっちを、助けるの?」
「え?」
「チイジイだって必死なのよ。あの様子じゃ三か月ぶりにかかった獲物なんだわ。その獲物を
必死に逃がすまいとしてる。必死に生きようとしてるのがわからない? ワーターだって必死
よ。ここでチイジイの餌食になるわけにはいかない。生きようとする命がそれを許さない。だ
から懸命にチイジイから逃れようとしてる。どちらを助けるの? どちらに手を貸せって言う
の? どちらの命のほうを守るべきなの?」
「決まってるじゃないか。ワーターは仲間だよ!」
「仲間を助けるためなら、仲間じゃないって理由だけでチイジイはやっつけてしまってもいい
の? そんな理屈をどこで覚えたの、マスター」
命の重さに変わりはない。なのに、第三者がどちらかに加担するのはフェアじゃない。
マリカはそう言っているのだった。たしかに、それは正しいかもしれない。天秤を持つ女神
の公平さ、というのはそういうものなのだろう。けれど、ピートにはそんな公平さは理解でき
なかった。仲間の危機を黙って見過ごす公平さなんて、頭ではわかっても、心が受け入れられ
ない。情が、ワーターを見殺しにするのを許さない。
気が付いたら、ピートはマリカを押し退けるようにして川へと突進していた。フィンフィン
は〈駄目だよ!〉と後ろから制止した。しかしピートは聞く耳を持たなかった。ピートの正義
感は制止を拒絶した。
川の中へと入ると、ピートはワーターへと手を差しのばした。何がどう出来るかわからない
。マスターにどういう機能があるのか、まだ完全には把握していない。けれど、何か方法があ
るはずだった。ピートがワーターを助けろと命じれば、マスターの装備がその方法を捜し出し
、何かチイジイ撃退策をひねり出してくれるはずだ。思うというよりも信じる、という感じで
、ピートはマスターの体をワーターのほうへと投げ出す。
バババッ。水中放電の青白い稲妻が川から空へと向けて迸った。
ギュン! と鳴いてチイジイが慌てふためいて逃げてゆくのが、電流のスパークの向こうに
チラリと見えた。振り向くと、ワーターが苦痛に顔を歪めながらも何とか無事な様子で、岸に
這い上がろうとしているのが見えた。
ホッとなって、ピートはフーッと長く大きな息をつく。そしてゆっくりと彼もまたワーター
に続いて岸に上がった。良いことをしたのだと、気持ちが高揚していた。ワーターを助けるこ
とができた。そのことに満足していた。どう、凄いでしょ? とマリカのほうに目をやった。
けれどマリカの目は微笑んでもいなかったし、やさしくもなかった。むしろ怒っているかの
ようなきつい目で彼女はマスターを一瞥すると、川を渡ってワーターに歩み寄り、その脇腹を
ポンポンと叩いてあげた。
フィンフィンがピートの側へとゆっくり飛んできた。
〈どうして、あんなことしたの?〉
あんなこと?
ピートは驚く。褒められこそすれ、叱られるようなことはしてない。その自負はあった。何
故仲間を助けることが「あんなこと」と蔑むように言われなきゃならないの?
〈どうしてって、ドラテロの時と同じじゃないか。マリカはドラテロの赤ちゃんからきみを助
けただろう? 同じようにぼくはワーターを助けたんだ。それがいけないことだなんて、まさ
か言うんじゃないだろうね〉
〈いけないことだよ。決まってるじゃないか。きみはチイジイを殺すことになったのかもしれ
ないんだよ。チイジイは何も悪いことをしてないのに、きみのおかげで何か月ぶりかの獲物を
逃がしてしまったんだもの。またワーターぐらいの獲物をみつけるまでに何か月もかかるかも
しれないじゃないか。そうしたらチイジイ、飢え死にしちゃうかもしれないよ〉
〈だったら、ワーターを犠牲にすればよかったの? 黙ってワーターが川に引きずり込まれる
のを眺めてれば、それが良いことだったの?〉
(つづく)
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